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「それでいい」

 心の赴くままに
 勝手気ままに生きてきた
 人は言う
 『誰もがうらやむ人生だ』と……

 世の中そんなに甘くない
 幾度 頭を下げてきたことか
 幾度 涙を流してきたことか
 
 その度ごとに
 惨めな自分と出会ってきた
 その度ごとに
 尖った自分が削られてきた

 でも人間は
 坂道を登っているときには
 頭を下げ下げ
 歩いていくもんだ
 
 それでいいんだよ」  「猪木詩集」角川書店

上記は猪木の詩です。最近買った猪木詩集に載っていました。猪木引退時の
「この道を行けばどうなるものか…危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし。踏み出せばその一歩が道となり その一歩が道となる 迷わず行けよ行けばわかるさ ありがとう」

というのは誰もが知っている言葉でしょう。単純な文の中に人生とはなんたるかが凝縮されています。実は猪木さん、結構頭がいいのです。無茶苦茶な行動やテレビでの出方(特に最近のCMとか…)が凄すぎるので世間では物笑いの種となってはいますが、上記の詩には、猪木さんの本当の姿が現れています。
私的に解釈すると、

人は俺を見て「うらやましい人生を歩んでますねえ」と抜かすが、そんなに世の中甘くはない。何度人に頭を下げ、何度枕を涙で濡らしたことか。そのたび自分を奮い立たせ、立ち上がってきた。頂点に上るためには人に頭を下げて歩いていく事が必要なんだ。


う~ん。これは絶対、ハゲズラを被ってパチンコの宣伝をしている男の考える発言とは思えない(笑)。幸い俺はプロレスファンですので猪木の行動はすべて知っています。
それを説明するには猪木と馬場がプロレスに入門した頃からはじめないといけませんが…。

馬場と同期に入門しました。しかしなぜか馬場は特別扱い、猪木は力道山に殴られ、ゴミ放りや雑用ばかりさせられていました。そして馬場は猪木よりも何年もはやくエリートとして海外修行に行くことになります。この時から猪木の馬場に対する感情は高まっていたんですね。なにしろ馬場はプロ野球の投手だったこともあり、実力と言うよりもその知名度と背の高さで商品価値が高かった。ゆえに力道山としては早くデビューさせたかったのでしょう。それを猪木は許せなかった。しかも始めの頃のまだルーキーの時代には猪木は馬場と試合して負けています。(←あくまでも入門したての頃の話です)そこからさらに力道山の馬場びいきがエスカレートしたので、猪木は力道山を凄く憎んでいたみたいです。でもホントは違いました。本当は力道山は猪木こそ自分の後継者と考えていたのです。でもなぜ馬場を特別扱いしたのか?それは力道山の計算でした。力道山という人物は格闘技の天才でもありましたが、人間を育てる事も一流だったのです。

力道山は死ぬ間際にこういう言葉を残しています。
「馬場はエリートだ。絶対にプライドを傷つけることはしてはいけない。褒めれば伸びるタイプ。ゆえに猪木よりも先にスポットを与える必要があった。その点、猪木はまったくの逆だ。アイツは叩いてこそ伸びるタイプ。だから踏んで踏んで踏みまくってやった。絶対に俺の健在の内はいい思いをさせるつもりはなかった。もちろん馬場を先にデビューさせたのも奴に劣等感も与えるためだ。そのおかげで奴は成長している。いずれわかるときがくるだろう。実際俺もそうだった。俺の後継者はあいつしかいない。まあアイツは俺を恨んでいるだろうがな」

この後どうなったかは知っての通りです。猪木は馬場とタッグを組んで(BI砲)世界チャンピオンになったりもしましたが、猪木にはそれほど必要なものではなかった。あくまでも馬場と同じポジションに立つための通過点でしかなかった。猪木にとっては馬場に勝つことこそが目的だった。そして既存の団体を抜け出し、新日本プロレスを設立。設立したときの事の方がたくさん書きたいことがあるんですが、それを書き出すと日が暮れますので省略します(笑)。…そして今の猪木に至ります。今やプロレス界で言うと神ですね。今やプロレス界はおろかK-1、PRIDE等をも統括するポジションにいますから。
でも猪木はどうしても馬場と戦いたかった。勝たないと猪木の気が収まることはないからです。でも馬場はその要求を拒否し続けた。世間では馬場が逃げたと言われていますが、そうではありません。馬場と猪木はあの当時絶対に戦えなかったのです。お互いに団体の看板を背負っている立場。もし、どちらかが負けると客の猪木と馬場はどちらがつよいんだろう?というテーマがなくなります。これは当時のプロレスの心臓でした。負けた方の団体は客足が遠のき潰れてしまうでしょう。プロ野球に勝ち、プロレスが世間体を得るという目標達成のためにはどちらかが潰れるのは得策ではない。ゆえに将来のプロレス界の事を考えると絶対に二人は戦えなかったわけです。戦うにしてもその後のマイナス面が大きすぎた。
それを知っていたから馬場は拒否した。猪木も馬場が絶対に対戦要求を拒否してくれるのがわかってるから執拗に対戦要求をしてプロレスを盛り上げていたわけです。まさに二人にしかわからない信頼関係。当然世間には馬場が逃げたと解釈されます。つまり馬場はあえて泥を被ったわけですね。本当の事を言わず泥を被った馬場はやはり力道山の言うとおりのエリートだったわけです。反面猪木は攻撃的(笑)。世間へのアピール度どいう点では猪木の圧勝ですが…。

よくプロレスは八百長と言われますが、たったこれだけのやりとり中にも数々の背景ドラマが詰まっています。仕方ありませんがプロレスを知らない人は試合だけを見て判断してしまうので…それが俺には辛い。
バーチャファイターにもこういう対戦はいくつか見受けられました。
有名なのはセガールとナポレオンですね。
堅実をモットーに硬化の少ない技を出し、相手がしびれを切らした技をさっとスカし反撃を決める。つまり自分のペースでリスクなく戦うナポレオン。馬場タイプかな?反面セガールはギャラリーを意識した立ち回りで可能ならば派手な技を狙っていくタイプ。堅実な面ももちろんありますが、ムービーを見る限りギャラリーをわかせようとする意志は見え隠れしてます。どちらかというと猪木タイプですね。
皮肉にも全国大会決勝という舞台でこの対戦が実現してしまいましたが、お互いのプレイヤーにとっては全国1を掛けた戦いでもあり、お互いのスタイルの正当化を証明する戦いでもあったわけです。軍配はナポレオンに上がりましたが、猪木馬場と同じく、ギャラリーの支持を得たのは同じく猪木。つまりセガールだったように思います。
現実の格闘技もそうですが、ゲームの格闘技でもやはり人との対戦が肝というのがこれでわかります。近い将来CPU戦でもこんなドラマを起こしてくれることを期待します。間のストーリーを入れたりして是非実現してほしいですね。
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2005.01.28 / Top↑
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